はじめに
シェイクスピア研究が強調してきたのは、『ハムレット』における“内面の多重化”である。ハムレットとは、単一の動機や情動によって整理しきれない存在であり、その行為は常に複数の原因に“多重決定”されている。彼は自らを統一的主体として語ることができず、独白の形式を通じて断片的に自己を再構成しようとする。その語りの“揺れ”こそが、近代的主体の源流として文学史に位置づけられてきた。
ここで重要なのは、シェイクスピアが舞台という“媒介装置”の中で 多層的現実(multiple realities) を立ち上げてみせた、という点である。幽霊の証言、劇中劇の演出、他者による「狂気」というラベリング――これらは単に物語を複雑化する技法ではなく、人間の内面が本来的に“多元的”であることを構造的に表現した仕掛けである。
ハムレットが示した“内面の多重化”
舞台装置としての多層的現実
シェイクスピアは、舞台という媒体そのものを“多層的現実”を扱う装置として用いた。
幽霊は真実の証人なのか、欺く存在なのか。
劇中劇は“真実の露呈”なのか、“フィクション内のフィクション”なのか。
その揺れそのものが、観客の内面を多層化する。
独白がつくる「揺れる主体」
ハムレットは自らを説明できず、内面そのものが断片化している。
独白とは、内面を物語的形式によって再構成するための装置であり、
その揺れが “近代的自我の原型” を形づくった。
AI対話がもたらす“外在化”
“内面”を物語に頼らなくなる時代
AIとの対話が普及した現在、人間の思考の揺れは、もはや物語の中で媒介される必要がなくなりつつある。
ユーザーがAIに問いかけ、応答を受け取るという構造自体が、
内面の外在化(externalization)として機能し始めている。
問いと応答がつくる認知の輪郭
AIは鏡ではない。
問いかけのたびに複数の概念的フレームを呼び出し、
ユーザーの認知の輪郭に“差異”を刻む存在である。
その瞬間、内面は物語的形式を介さずに複層化される。
差異が立ち上がるインターフェース空間
AIとの対話で生まれるのは、
主体の内部ではなく ユーザーとAIのあいだ に形成される“差異の場”である。
ここにこそ、従来の文学が扱ってきた「内面の多層性」の代替装置がある。
物語とAIの収束点──対話的エクリチュール
内面の物語化から、外在化への移行
物語は内面を時間をかけて構造化してきた。
AIは即時的にそれを外在化する。
両者は対立するのではなく、同じ地形の別ルートを形成している。
読書実況という新しい媒介
私は、この新しい語りのあり方が、
読書実況という形式の中で鮮明になるのではないかと考えている。
読み手の問いとAIの応答が、作品の外部に“小さなフィクション空間”を作るからだ。
このエッセイでは、その萌芽を探っている。
語りの地層が変わりつつある
語りの重心は
- 主体内部
から - 主体と外部装置のあいだ
へと移動しつつある。
これは物語の終焉ではなく、
語りの地層変化 である。
おわりに
シェイクスピアが舞台装置によって“内面の多元性”を可視化したように、
AIは対話の中で新しい多元性を生成する。
私たちは、その変化のただ中にいる。
読書実況という形式は、その変化を観察する格好の入り口となる。
今後も作品とAI対話のあいだで、どのような新しい語りが立ち上がるのか、
ゆっくりと探っていきたい。


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